g因子の復権

I.J.Deary, The neuroscience of human intelligence differences. Nature reviews Neuroscience (2010) より。
内容を簡単にまとめるに、

  • intelligenceは、Reasoning/Spatial ability/Memory/Processing Speed/Vocabularyの5つの構成要素に分けられると考えられている。
  • 5つの要素は互いに正の相関を持つ。(ある要素について平均より高い成績を取った人は、別の要素についても平均より高い成績を取ることが多い。逆もまたしかり。)この正の相関の存在は、general intelligence(g因子)の存在を示唆する。g因子はtrial variabilityが低く(何度テストしても大体同じ)、学業成績・社会的地位とも相関がある。
  • 個々の能力は、g因子とそれ以外の因子の足しあわせで説明できる。

 例えば四則混合算を実行する能力は、g因子/(一般的な)数学的能力/計算能力/訓練の四つの因子で説明できる。それぞれの因子の占める割合は、g因子 : 40%,数学的能力 : 20-50%, 計算能力 : 数%, 訓練 : 残りと推定される。(例えば、g因子/数学的能力/計算能力の3つが同じ人たちの間の点数差と、g因子/数学的能力/訓練の3つが同じ人たちの間の点数差とを比較すれば、訓練と計算能力のどちらが結果により大きな影響を与えているかが分かる。)

  • g因子は遺伝的に継承される。(一卵性双生児の研究より。)

 "Estimates of how much of the total variance in general intelligence can be attributed to genetic influences range from 30 to 80%" (general intelligenceの30-80%は、遺伝的影響で説明できる。)

  • g因子をneuroscienceの見地から説明できないか。

 脳の大まかな構造は遺伝的であるが、intelligenceと関連する遺伝子は依然見つかっていない。intelligenceはそもそも特定の遺伝子で説明できるものではないかもしれない。ただ、知能障害と関連のある遺伝子は既に300個ほど同定されている。

  • 脳の大きさとg因子とには弱い相関(相関係数 = 0.2-0.3)が存在。また、white matter integrity(白質の完全性?)とg因子の間には相関が存在。一般にg因子と高い相関を持つ指標は、性別により異なる。
  • intelligenceにはneural efficiencyが重要。


さて、これについていくつかコメント。

  • g因子が存在するということはどうも否定し難いように見える。けれども、g因子は純粋に社会的な存在であって、neuroscienceにより基礎づけられないという可能性はある。(結局、intelligenceの構成要素間の相関は、社会が何をintelligenceと見なしているかという偏向性を表しているに過ぎない。)例えば、社会のintelligenceの基準に合致した両親の子どもは、遺伝的影響によりその基準を満たす可能性が高い。(少なくとも30%程度は遺伝的影響である。)ただ、これは社会のintelligenceの基準が静的な場合のみ成り立つ。
  • 重要なのはintelligenceの差の存在を否定することではなく、優生学的思想の芽を確実に摘んでいくことにある。いずれにしろ、今の認知脳科学の技術水準は限定的なので、g因子に神経科学的基礎付けが与えられることはしばらく(少なくとも向こう20年は)ないだろう。
  • 上述の脳の大きさと知能との関係はグールドの「人間の測り間違い」では否定されている。ただ、グールドの批判は優生学の時代の稚拙な測定技術による実験結果へ向けられたものであって、fMRIなどを駆使した最近の研究を否定するものではない。(優生学の時代に主張された強い相関については最近の測定結果も否定的である。)
  • 一つ気になる点としては、intelligenceのCV(変動係数)は、どうなっているのだろうか。もちろん、測定基準に依るのだけれど、あまり大きくはないだろう。
  • 仮に今後intelligenceへの遺伝的影響が80%であると示されたらどうすべきなのだろう。

 現代社会はgeneral intelligenceよりもspecialized skillを重視しており、この傾向が続けば(かつCVが大きくないことが分かれば)特に心配はないはず。ただ、現状ではspecialized skillを必要とする仕事は十分な雇用規模を持っていないし、必要とされるspecialized skillが目まぐるしく変わるのであれば、結局general intelligence型社会になってしまう。しかし、一部の知能障害を除けば分布は連続であり、どこかで線引きをすることは出来ない。社会が弱い紐帯を含む個々人間の複雑なネットワークである限りは、自由や平等は守られるはずである。